『もりそば』は、『むしそば』であった。
『もりそば』は、『むしそば』であった。
茹でたそば切りをさっと水で洗って笊にとり、
茹で湯か白湯を入れた桶の上へ置く。
そして、上から熱湯をかける。
下からの湯気と上からの湯を通すために、
容器は笊が適当であった。
それが、簾を張った蒸籠を使うようになり
蒸すことをしなくなっても、水気を切るのに
便利な蒸籠が容器として残った。
「もりそば」を「せいろ」と品書きする
そば店は、今もある。
「むしそば」は、元禄の頃まで続いていた
らしい。
「けんどんそば」というそばが、売り出されて
姿を消した。
容器も蒸籠ではなく、皿か椀で提供している。
そば代、十六文である。
文献の中に、時代の変遷がうかがえる。
https://www.maruyama-jittome.com/
信州そば手打専科・実留アカデミー
そば打ちと日本料理の職人養成所
専任講師・丸山実留